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核廃棄物

 AGと共に・・・中国快走編

電車とAG

2001年5月4日・5日に鳥取へソロツーリングに行きました。その時の回想録です。

鳥取地図

 

この年のゴールデンウィークのツーリング予定は全く立てていなかった。何人かの友達とどこかに行こうかと言ってはいたのだが、ある友達は都合があわず、ある友達は免許が取れていないなどで結局ロクな計画はなかった。ということでとりあえず一人でどこかに行こうということにした。

このゴールデンウィークは天気が悪かったり(それでも雨の中、奈良の大台ヶ原に行ったが)、バイトが忙しかったりでなかなか良い日がなかった。というわけで天気が良くなる連休後半に行くことにした。目的地はとりあえずどこか遠いところか長い林道が楽しめるところにしようと考えた。そこで考えた案が信州、能登半島、剣山だったのだが、信州はこの前の夏に行ったし、能登半島は能登半島に行くまでがあまりおもしろくなさそうだし(長野から帰るときに通ったし)、剣山は金と時間が足りないということでボツになった。うーん、良いところがないなぁ・・・と高校の頃使ってた地図帳を眺めていると島根の地蔵崎が目に付いたのでそこに決定した。そこに行くまでに氷ノ山という長い林道があるところもあるし。

こんなかんじで今回のツーリング行は決まった。ちなみに目的地について思案していたのは前日の夜のことである。

 

 1日目 2001年5月4日 曇りのち晴れ

 

天気が悪い

お約束通り、ささささ寒い~

4:00

京都府・嵯峨(オドメーター:67470㎞)

起床。歯を磨いて顔を洗い、ひげを剃り、朝食をとる。荷物は前日の夜のうちにAGにくくりつけておいたのですぐに出発だ。さすがにまだ辺りは暗く、街はまだ動き始めていない。灯火のチェックをしていざ出陣。スムーズに国道9号線に入り、一路福知山へ。しかし、寒い。1年前のゴールデンウィークツーリングでもそうだったが早速寒さに悩まされた。しばらく走ってバイクを止め、新しく買ったモンベルのレインウェアを上だけ着込む。さすがに少々高いだけあって遮風効果はなかなかのものである。以降の行程においてずっと着ることになる。

園部辺りから霧が出始めた。車の数も増え、流れも速くなってきたので結構しんどい。さすがにバイクは自分一人。そんな調子で福知山へはわりとスムーズに行くことができた。

 

氷ノ山の林道

氷ノ山へ

7:41

兵庫県・但馬(オドメーター:67605㎞)

但馬楽座という道の駅があったのでそこで休憩することにした。なんでも温泉があることが売りらしい。かなり大きな道の駅だった。休憩も早々に旅を続ける。関宮町から国道9号線から離れ、氷ノ山へ。天気が良くなってきたので気分もいい。

のどかな山間の農村を抜け林道に入る。マップルに載っている鵜縄安井林道を走ったのだが、マップルでは未舗装となっているのに東側は完全に舗装されていたので残念だった。瀞川氷ノ山林道に入り、良い景色を撮れる所はないかとノロノロ走っていたら、後方から2ストモトクロッサー軍団がえらい勢いで僕を抜かしていった。あんなにスピード出して転んだらどうすんねん、こんな山道じゃあぶないでと思った(林道を本気で走るバイクをこの時初めて見た)。で、マイペースにノロノロ走っているとかなり深そうな流水轍が左側に。昔流水轍でひどい目にあったことがあるのでかなりびびり、かつキープレフトすると轍に突っ込む、でも右側走るのは危ないかなぁ、どっちにしよ~・・・なんて考えてたら轍に突っ込んでドカンとこけてしまった。久しぶりにこけたのでかなりショックだった。

モトクロッサー軍団が休憩しているのを横目に走り続け、横行林道との分岐から少し進んだところで林道は雪に埋まっていた。さすがにソロだし大した技術もないので横行林道の方へ行くことに。その場で写真を撮っていたらまたモトクロッサー軍団がやってきて雪道に突っ込んでいった。2ストの威力に乗って突き進む姿をみて「ゴクローサン」と思った。

横行き林道は四輪が多かった。すごく多かった。で、渓谷の中を通って県道へ。国道29号線に入りいざ、鳥取へとAGを走らせた。

 

田舎道

こいのぼり

やる気地蔵

灯台

やる気の里

11:41

鳥取県・やる気地蔵(オドメーター:67737㎞)

氷ノ山からの国道29号線はすごくいい道だった。ツーリングライダーも多かった。お互いの無事を祈りピースを交わす。国道482号線に行くために細い畑の中の道を通った。途中、畑の中の道に沿って旗が沢山立っていたが何の祭りかは分からなかった。雰囲気のいい線路の脇の道を走り国道482号線へ。ここに来てマップルに「やる気地蔵」という怪しげな所があるのを見つけたので行ってみることにする。

やる気地蔵があるところへ入っていく道は東から走ったのでは思わず通り過ぎてしまうような所にある。案内の看板が西向きの方向にしかないからである。そんなもんだから一度通り過ぎてしまったが、オドメーターの数字を見て引き返してやっと見つけた。

そんなこんなで何とかやる気地蔵を見つけることができた。看板を見るに”やる気”は正式には”弥留気”と書くらしい。かなりマニアックな観光スポットなのだろうがちらほら訪問客はいるようだ。地蔵さん自体は普通の地蔵である。しかし看板や石碑に書いてあることはとてもおもしろく、良いことであった。以下弥留気地蔵より。


『人生の吉凶はすべからく己の為せる業にして、やる気を起こし持続する限り、吉運常に座右にありて為すことかなわぬことなし』
心に思う事を繰り返し念じ行ずれば、現象展開して万物成る。

このやる気地蔵は通称やる気のおじさんという人が作ったそうな。「お主は本当にやる気が欲しくて来たのかな?」うぉ、誰かと思ったら後ろに頭つるつるの髭のおじさんが。「まぁ、見物に来ただけだろう。」と言っておじさんはどこかに行ってしまった。看板の似顔絵(?)を見る限り今のがやる気のおじさんなのだろう。にしても売店(お守りとかを売っている)をほっぽらかして大丈夫か?

やる気地蔵をあとにし、西へ。国道482号線もすごくいい道だった。特に辰巳峠付近は雰囲気の良い高原のような所でとても気持ちが良かった。その後人形峠に行った。現在人形峠の道はトンネルを通るルートと峠の上を行くルートの2つに分かれていた。人形峠とはウランの産出地で有名な所で、峠には研究施設の他に資料館も建てられていた。一通り見学して飯を食い、再び大山方面へと向かう。

懐かしの大山

15:55

鳥取県・JR大山口駅(オドメーター:67850㎞)

国道482号線をずっと走っていたのだが大山付近まで来ると渋滞してきたので内海峠から大山環状道路に入った。これがまたすごくいい道で、その時は雲が出ていたので大山はよく見えなかったが晴れていたらどんなに気持ちよかっただろう。そして懐かしの大山の麓の大山寺付近の集落へ。この大山には中一の時に父と登りに来たことがある。初めて標高1000メートルオーバーの山に登った(大山の標高は1711メートル)のと、天気が良くて日本海がよく見えたのが印象深かった山である。大山は独立峰であり山頂からの眺めは本当に良い、それに登山自体は大したものではない(ちっちゃい子も沢山登ってる)ので誰にでも、登山をすすめられる山だと思う。

そしてJR大山口駅へ。ここは大山登山の際すっごい長い時間バスを待った思い出の場所である。相変わらず周りには何もない。その後国道9号線を通って米子、境港と通り一路地蔵崎へ。境港ってかろうじて鳥取だったんだなんて思いながら境水道大橋という大きな橋を渡ってついに島根県へ。地蔵崎へ続く道はたくさんの小さな漁港をつなぐ道路で焼きイカのいい匂いが漂っていた。ちなみに地蔵崎手前の道路は有料と記載しているツーリングマップルがあるが今では無料である。でやっとのことで地蔵崎に到着。真っ白な美保関灯台がありいかにも岬って感じなトコだった。到着時刻17:04、ここまでの走行距離422㎞。このころになると天気はすっかり良くなり夕日と海がマッチして良い感じ。

 

おじさんのハーレー

ハーレーに乗る

18:11

鳥取県・境港公共マリーナキャンプ場 (オドメーター:67908㎞)

地蔵崎を出る頃にはもう日も大分低くなっていたのですぐに寝床を確保することに。境港に境港公共マリーナキャンプ場という無料のキャンプ場があるのでそこへ行くことにした。着くともうすでに家族連れやらツーリング集団らしき人達やらが大量にテントを張っており僕は端っこの方のグラウンドのような所にテントを張った。それにしてもやっぱキャンプ場はイイ。堂々とテントを張れる、落ち着いて飯が食える。野宿だったらこうはいかん(結構気にする方なんで・・・)。

というわけで夕飯(お約束通りインスタントだが)を食っていたら「ドバババ!!」っと爆音と共にごっついアメリカンのバイクがすぐ横に突っ込んできた。”おいおい、ここはバイク乗り入れ禁止だって”、バイクに乗っていたおじさん(革ジャン・革パン・ツルツル頭+ヒゲ)は「ここキャンプ場っすか?」とよく分かっていない様子。「ここバイク入れたらアカンすよ。」と言ったら「まァ、エエンヤン」とそのままテントを張り出す。聞くと僕と同郷の京都府から来たそうだ。その日の昼間は米子かどこかで競馬をしていたらしい・・・。しかもバイクが壊れて今まで修理していたそうだ。で、酒飲もうということで、おごってもらう代わりに近くのコンビニまで酒とおつまみを買いに行かされる。

ハーレーを興味深げに眺めていたら「乗ってみたいんか?これ乗っていけや」っとハーレーでお使いに行くことになった。つーかハーレー(ていうかアメリカン)って重すぎ。おじさんに引っ張ってもらってなんとか転回し、エンジン始動。「ドバン!」スゲー音、これでキャンプ場入ってきたんだから迷惑だって。でなんとか走り出すのだがAGとは全く違うポジションに相当手こずった。足をステップに載せようとしてもそこにあるはずのステップが遙か前方に。しかもギアチェンジもしづらい。それに倒したら一人では起こせるかどうか疑問なのでそこらへん最大限の注意を払う。で仕方なしにローギアのままトロトロ走る。でもローギアだけでも十分スピードが出る。これが大型かって感じ。で何とかコンビニの近くまでたどり着き右折しようとしたがウインカーがでねぇ!左は出てたのに・・・。で横に止めて観察してみると右のウインカースイッチは右のグリップに着いていたのである。日本製のものと違ってウインカースイッチは左右に分けているのである。何とかコンビニにはいるが今度はキー(のようなもの)が抜けねぇって!仕方為しに速攻でビールと適当なつまみを買って戻ってくる。おじさんにキーが抜けないって言ったらキーはないそうだ・・・。

ビールを飲みながらおじさんと色々話をした。おじさんは日雇い労働者だそうだが家には外国の旧車(四輪)やらスノーモービルやらあって色々趣味をエンジョイしているらしい。ツーリングも結構するそうで地図も持たずに適当に走って適当に寝るらしい。こういう生き方もあるんだなぁ・・・、この日の出来事は非常に思い出深い。

 

 2日目 2001年5月5日 晴れ

 

鳥取砂丘

東へ

7:00

鳥取県・境港公共マリーナキャンプ場 (オドメーター:67908㎞)

この日は朝から快晴、とても良い感じだ。荷造りをしてハーレーのおじさんと共にコンビニへ。駐車場でおじさんのおごりで朝飯を食う。おじさんはその日広島の方の知人宅へ行くらしい。地図を持っていないそうなので道を教えてあげた。そしてお別れ・・・。ありがとうおじさん、もしこのページ見てたらメールください!ソロ出発、国道9号線沿いに一路東へ。次の目的地は鳥取砂丘。そこまでの道も良かった。左手に広い日本海。京都を走っている区間の国道9号線とは大違いだ。鳥取砂丘に着いたものの駐車スペースがないため結構離れたところに止める。そこから浜辺へ出て延々と歩き砂丘へ。それだけでしんどかったが砂丘を登るのは日頃運動不足の自分にはかなりキツかった。そしてなんとか登り切った。砂丘って結構デカイ。パラグライダーとかしてるし。一休みしてまた遠く離れたバイクの元へてくてくと歩いて帰る。イイ運動だった。その後、近くの砂丘温泉に入って東へ向かう。きれいな海岸線沿いのワインディングをたまにノロイ車にイライラしながらも快走する。

 

灯台

鳴き砂

15:51

京都府・琴引浜(オドメーター:68153㎞)

切り立った岸壁の上を走る山陰の道を通り猫崎、久美浜と来て鳴き砂で有名な琴引浜を見に行く。琴弾浜の駐車場のおっちゃんが駐車料金をタダにしてくれたのが嬉しかった。砂の上を歩いてみるが音は出ない。だまされたかと思ったが靴を引きずるようにして歩くと「キュッ、キュッ」っと音が鳴るではないか。駐車場横にお椀に砂とすり鉢が入ったものがあって、それで音を立てたがスゲーデカイ音がして結構おもしろかった。その後、丹後半島最北端経ヶ岬へ。ここも相当歩かされた。しかもまだ昼飯食ってなかったし。天橋立まで来たときには周りは相当くらくなっていた。そこでやっと飯を食った。しかもマクドナルド。信州の時と同様、感動した。その後ひたすら道を迷いながら夜の10時に帰宅。この日の走行距離479㎞。どうも時間配分と飯を食うタイミングが間違っているような・・・。

 

と、こんな感じの旅でした。なんと言ってもハーレーのおっちゃんが一番印象深かったですね。